2020 年


不自然な自然

日本の森には人の手が入っていることがほとんどだ。
人工林、あるいは二次林と呼ばれる人間による伐採や自然災害によって以前の森林が 失われた跡地に成立した森である。
これは 150 年ほど前まで過度な森林利用により木々が伐採され続け、はげ山と呼ばれる 荒廃した森林になってしまったことが大きな原因のひとつで、法律の制定や経済・生活環境の 変化に合わせて次第に森林が回復してきた。
統計から見ても現在に至るまで年々人工林が増えていることが分かっている。

三方を山に囲まれた土地で生まれ育ち、森林という存在があまりにも当然に感じていた私は この事実を知り、自分の中にあった“当たり前”という概念が音もなく崩れる思いだった。
なんと曖昧な概念に寄りかかっていたのだろう。

「自然」という言葉にはいくつかの意味がある。
英語では nature と natural に分けられる、といえば分かりやすいかもしれない。
知れば知るほど、自然だと思い込んでいたものは人工的で、でもやはりそれは自然としてそこに ある事に気づく。


その存在や成り立ちに疑問を持たずに過ごしてきた森を、カメラのファインダーを通して 改めて眺めてみた。
木々の植生、葉の隙間から射す光、風に揺れる枝葉、木々の間を飛び回る鳥。
どの要素を切り取っても森であり、それは自然と呼べるだろう。
あらゆる角度・視点で眺めた景色を重ねてみたら、一枚一枚に潜んでいる固有性が凝縮された 新しい景色が現れた。
それはカメラという機械が作り出した人工的な景色である。
しかし、それを不自然なものだと断定してしまってよいのだろうか。
現代を生きる私たち人間も、人間によって生み出されたテクノロジーも、自然という大きな概念の中のひとつでしかない。
そう考えると、この作品は一見不自然だと見られるかもしれないが、自然(nature)を 被写体にした自然(natural)な写真なのである。



参考資料:日本森林学会監修『教養としての森林学』