2020 年



arteria



私は指先で景色を記憶する。

目で見て、耳で聞いて、肌で感じた景色をカメラに記憶を一時保存させるが、記録したそれ には感じた景色の全ては写っていない。
わずかに写っている気配と記憶を頼りに指先と針で写真の内側へ潜り、刺繍という行為を 介して指先から再び身体の深いところへ記憶を取り込む。
写真の中に潜んでいる線を探して新たな線を描く行為は、創作をしているのではなく深い ところに沈んでいる記憶を手繰り寄せて引き上げる行為である。


arteria とは、動脈を意味する英語 artery の語源のラテン語で、ar(空気)-teria(運ぶ)という 二つの言葉から成る。
膜で覆われたような、あるいは霧に包まれて姿形がおぼろげに見えていた写真が針と糸の 力を借りて姿を現したとき、急に血が巡って脈を打ち始めた。

日々たくさんの情報や景色が目の前を通り過ぎてゆく。
それは凄まじい速さで、とても全てを覚えていることはできない。
流れていくのは情報や記憶だけでなく、自分自身も世界の循環の波に飲み込まれていって しまうような感覚に陥る。
その流れにささやかな抵抗をする手段として、一部分ではあるが、その出来事をとりだして 時間をかけて凝視し、わずかに写っている線や光を辿り、記憶と重ね合わせる。

糸は世界と私をつなぐ細い命綱だ。
それと同時にこの一連の作業は孤独であることを受け入れるための行為なのかもしれない。